引きこもりのあれこれ

引きこもりニートの日常や頭の中のあれやこれやを書いています

ひきこもりの自分が嫌いなのではなくて

今日は朝の7時に目覚める。
昨日の自分に勝ったんだ!私は2日前までの自分と違う一日を迎えた。
(※朝寝て夜起きる生活だったのを一睡もせずに時間感覚を戻し朝起きて夜寝る生活に戻す作戦を遂行しました)

あんなに嫌味でうっとおしいだけの窓からの日の光が、今日はとても清々しくて気持ちよく感じた。これが正常なのだと思う。
「今日はなにかできるかもしれない」と淡い期待さえ感じてる。

感じてる。・・・だけ
その「なにか」が思いつかなくて真っ白になってしまった、午前9時。


「ひきこもりにーとなんだから24時間自由に使えるし、何でもできるね」
そう思うけど、結局なにも出来ずに終わる24時間。器用に一日を過ごせない。
・・・だから、ひきこもりなんだろうけど。

時間を上手に使う頭も、やりたいこともないからひきこもってる。あったら、きっと、ジッとしてるだけでウズウズして立ち止まっていられない。

ああ、からっぽな私になにか詰め込みたいな。
過ぎてく時間が惜しく感じるような、生きてることにしがみつきたくなるような、自分が引きこもりであろうがなかろうがどうでもよくなるような、そんな「なにか」がほしい。
その「なにか」はふわふわし過ぎて、掴もうとしても微笑むように柔らかくスルリと私の指の隙間から抜けてしまう。

実際動きもしないのにないものねだりだけは達者やねんね私。


私は引きこもりニートという、今の自分がすごく嫌いだし見下してる。出来ることならこの状況から抜け出して、泣きながら家に縛りついてた過去の自分を嘲笑いたいとも思ってる。

でも違う。
もしかしたらひきこもってる自分が嫌いなのではなくて、ウジウジ悩むだけで何もせず時間を無駄に消費してる自分が嫌いなのかもしれない。
時間は無限ではなく、私達の人生は有限です。
そんなことわかってる。わかっててこの数年私は無駄にした。そんなあほな自分を嘲笑いたいんだと思う。
ひきこもりだろうが、ニートだろうが、自分が本当にやりたいことをやってる人間はそれだけで価値のある人生なんだよね。

 

 

現在時刻は10時。
今日一日をどう過ごそうか、こま。
「なにかできるかもしれない」じゃなくて「なにかしよう」!

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